再びはじめた身体感覚の稽古の楽しみ

理学療法士として働き出してから5年が経った頃、私は完全に進む方向を見失っていた。私が担当する子どもたちは生まれながらに障害を持ち、多くの場合、治ることはない。治るどころか良くなっているかさえ実感が持てないまま、悶々とした日々を過ごしていた。

思い返してみると、私の医療に対するイメージは、不治の病が医療の進歩によって克服された天然痘のエピソードや、重症の患者さんが華麗なメス裁きで命を取り留めるドラマなど、によって創られてきたように思う。

しかし、実際働いてみるとドラマのような奇跡は起こらなかった。

 

ある時、「身体教育研究所」を知ることとなり「これだ」と直感した。私は先の見えない状況から抜け出すために、稽古場に通った。

 

「身体教育研究所」を主催する野口裕之氏の講話に魅了され、私の中に「医療」、「生命」、「身体」に対する新たな思想が芽生え、醸成されていった。また稽古場ではさまざまな「見かた、感じ方」を経験する稽古が行われた。「見かた、感じ方」は人同士で共有されるイメージ(例えば、花を見たときに「きれい」と感じること)があるが、ことばでは言い表せないその人固有の「さまざまな質感」も同時に生じる。この「質感」の探求が「身体教育研究所」のテーマだった。しばらくして、私に必要なことが、「固定観念を変えること」であることに気が付いた。

 

今枝氏とは、15年以上の付き合いとなる。当時、私が通い始めた大井町稽古場で、今枝氏と一緒になることが多かった。今枝氏は、気さくで何よりも話が面白かった。私は稽古よりむしろ休憩中にするおしゃべり方が楽しかった。

しかし仕事の都合で身体教育研究所を退会した。関わる人も分野もすっかり変わっていた。数年が経過した頃には、臨床のみを追求していた頃の高揚感は、だいぶ薄らいでいた。 たまに「稽古場」に通った日々を思い出すことがあり、その時は胸の奥が少し締め付けられるような心地になった。

そんな時、今枝氏から「稽古場を開いたのでよかったら通いませんか」と声をかけて頂いた。私は正直、迷ったが結局通うことにした。そして今枝氏と会って、「ああ、やっぱり来てよかった」と実感した。今枝氏は、私とは違った何かを稽古を通じてずっと追い求めているように感じられた。

私は、以前のような「少しでも何かをつかみ取ろう」というよりは、今回は、今枝氏の稽古場で「新たな感覚体験をゆっくり楽しんでみよう」と思っている。

 

令和5年5月8日

理学療法士 宮本 清隆